みらいの食を支える育種フォーラム 開催概要

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開催概要

 2018年9月29日(土曜日)、一橋大学一橋講堂において、筑波大学つくば機能植物イノベーション研究センター(T-PIRC)および「ゲノム編集育種を考えるネットワーク」が主催する「みらいの食を支える育種フォーラム」が開催された。本フォーラムは、ゲノム編集技術に関する様々な視点からの意見を集めるというCRISPRConの趣旨に賛同し、日本におけるゲノム編集技術の農業と食への応用について多様な視点から議論することを目的に開催された。その趣旨の実現のため、参加者からのフィードバックを即時に得ることが可能な双方向システムを採用した。フォーラムには総計225名が参加し、そのうち約半数が企業関係者、約30%が大学・研究機関の関係者であり、他にメディア、行政、生産者、消費者としての参加があった。筑波大学T-PIRCセンター長、ゲノム編集育種を考えるネットワーク代表幹事である江面浩教授による開会挨拶で開幕したフォーラムは、日本育種学会会長、京都大学大学院奥本裕教授による閉会挨拶で成功裏に閉幕した。以下に、各プログラムの摘要について報告する。

第一部 基調講演

基調講演1 世界と日本の農業からみる日本の食料―現状と未来

 講師は国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)理事である門脇光一博士。世界の農業生産は、世界人口の増加に伴い需要が上昇する一方、収量の伸び悩みや気候変動、穀物価格の変動などの要因により不安定化しているため、農業の持続的発展が重要であることが強調された。日本においても、食料自給率が低い中で地域農業は脆弱化が進んでいることが紹介された。農研機構としては研究開発でこのような農業・食糧問題の克服へ貢献することを目指しており、ゲノム編集技術を含む遺伝子に基づく近代育種技術への期待と研究開発の状況が述べられた。

基調講演2 日本の農産物生産と流通の課題と期待

 講師はイオン株式会社執行役の三宅香氏。流通業の立場から、消費者とのコミュニケーションの実情についてお話いただいた。食品に関する消費者からの問い合わせのうち、遺伝子組換えに関するものは1%に過ぎず、分からないことへの不安がその内容の大勢を占めていることが紹介された。イオンとしては、消費者の安心のため、分かっていることは開示する、必要な情報は分かりやすく表示する点に重きを置いているとのことであった。しかしながら、物流と商流に別れた国内の複雑なサプライチェーンは課題の一つであり、食品のトレーサビリティを推進していくには難しい側面があることが説明された。

基調講演3 消費者が期待する食の未来

 講師は一社消費者市民社会をつくる会(ASCON)代表理事 阿南久氏。まず、対立ではなく対話を通じてよりよい市民社会を作ることを目指しているASCONの活動紹介がなされた。消費者の食の未来への期待として、安全性の確保、健康維持・増進機能の向上、安定供給、持続可能な生産、新しい技術開発・研究の促進、地産地消、世界の食料生産の増大、連携などを挙げられ、国連のSDGsの推進も重要であることが述べられた。これらの期待を実現するには、消費者と企業が連携して、対話の場を通じ「思い」を繋ぐことが大事であるという。一方の消費者側にも、権利だけでなく責任があり、社会や環境への責任に対する自覚を持つことの重要性が強調された。

パネルディスカッション

 第一部の講師をパネリストとして、筑波大学生命環境系の大澤良教授の司会のもと研究者、流通業者、消費者間のコミュニケーションについて意見交換がなされた。研究者からの情報発信に対して、研究成果と消費者ニーズとのギャップや、継続性の不足の指摘があった。これに対し、研究には応用研究と基礎研究の両輪が大事であることや、情報発信は研究者自身の裁量に依存している状況が説明された。全体としては、開発者、流通、消費者間には情報量に格差があることを認識し、開発者は継続的に伝えようとする姿勢を、消費者は意識的に知ろうとする姿勢を、流通は両者の橋渡しとなる努力を示すことが大事であるということが、参加者の一致した意見であった。

第二部 分科会セッション

セッション1 「品種改良技術のフロンティアは私達が描く食の未来にどのような関わりがあるのか」

 このセッションでは最新のゲノム編集技術が食生活に与える影響をテーマに、農研機構の田部井豊博士、小松晃博士、食のコミュニケーション円卓会議代表の市川まりこ氏、全国地域婦人団体連絡協議会幹事の夏目智子氏、ベジタリア株式会社代表取締役社長の小池聡氏をコメンテーターに迎え、国際基督教大学の山口富子教授、農研機構の笹川由紀博士を司会とし、約70名の出席のもと討議が行われた。
 まず田部井博士より、ゲノム編集の技術基盤と、ゲノム編集育種は多様な品種改良技術の1技術に過ぎないことが説明された。続いて小松博士より、農研機構におけるゲノム編集育種の具体的事例として、食中毒低減ジャガイモ、穂発芽耐性コムギ、低アレルゲンダイズ、超多収イネなどが紹介された。
 討議では、消費者が知らないことに不安を覚えるのは当然であるとして、消費者受容と新技術の社会実装の相克あるいは両立について、活発な意見交換が行われた。総じて、「技術」を出発点とした議論は発散する場合が多いため、「製品」や「目に見える恩恵」とともに議論を進めることの重要性が確認された。消費者が期待する恩恵としては、調理し易さや食し易さが例として挙げられた。一方で生産者は、生産現場の課題を解決するための技術革新への期待が大きく、また既に遺伝子組換えを含む技術革新の恩恵も受けているが、その状況が消費者に伝わっていないことが生産者への課題とする声もあった。社会問題の解決にあたって技術の恩恵を周知させ推進する上では、国やビジョナリーの果たす役割が大きいこと、また消費者が市民社会を作るための責任を自覚し、国内外の課題に関心を持つことの重要性が語られた。
セッションを終えての最も得票した感想は、「法的規制の簡易化が必要」「学校教育への導入」であった。

セッション2 「ゲノム編集技術の最前線- 技術開発、知財、規制」

 本セッションでは、約100名が参加しゲノム編集技術に関する研究や技術開発、知財、規制、海外事情等について紹介された。
まず、農研機構・生物機能利用研究部門の廣瀬咲子主席研究員より、農作物開発のためのゲノム編集技術として、CRISPR/Cas9の変異導入位置の制約軽減やデアミナーゼを用いた塩基置換、人工制限酵素の供給方法等についての研究成果が紹介され、将来的な開発の自由度の向上や様々な作物への適用が期待された
 次に、セントクレスト国際特許事務所の橋本一憲弁理士から、CRISPR-Cas9を初めとしたゲノム編集技術の基本特許の状況が紹介された。またCRISPR/Cas9でのライセンス方針や各国の方法特許の効力など、ビジネス分野での懸念についても説明された。
名古屋大学大学院環境学研究科の立川雅司教授からは、EU、米国、オーストラリア、ニュージーランド、アルゼンチンおよびブラジル等で、ゲノム編集技術で作られた作物についてどのような取り扱い判断がなされているかが紹介された。
討議は、本セッションの講師に筑波大学の江面浩教授を加えて行われた。まず、実際の作物作出には様々な技術を集積していかなければならないとの意見があり、これに対し内閣府SIPでも十数件の特許を出願した旨が報告された。また、多くの参加者が懸念している特許の効力範囲については、生産物に対する効力が国によって異なるので、国ごとに確認が必要とのことであった。さらに、ゲノム編集技術に対する各国の規制範囲の違いは、各国の法律上の定義の違いによるものであり、決して規制対象とした国において安全性に対するリスクが懸念されているからではないとの説明があった。
 セッションを終え、約70パーセントの参加者がゲノム編集技術への期待が高まったと回答した。一方で、参加者の多くが特許許諾手続きや他国での規制動向に対して不安を感じており、引き続きこれらに関する情報提供が求められた。

セッション3 「未来の農業」

 本セッションでは、コメンテーターに生産者と種苗会社の方々をお招きし、ファシリテーターの大澤良教授や約50名の会場参加者を交え、農業の現状や課題、将来に関して意見交換が行われた。
 まず3名のコメンテーターから、それぞれの会社や事業に関する説明がなされた。種苗会社である株式会社日本農林社代表取締役社長の近藤友宏氏からは、会社紹介に加えて、種苗会社にとっては高品質種子(高い発芽率)と優良種子(良い生産物を作れる)の両方を提供することが重要であり、マーカー育種のような新技術も取り入れながら、市場のニーズに合わせた品種改良を行っていることが紹介された。
 新しい農業経営の形として注目を集めている株式会社さかうえ代表取締役の坂上隆氏からは、株式会社としての農業経営や、3つの事業領域「契約栽培による作物生産」「牧草の畜産農家への販売」「自社開発システムによる農業経営IT化のコンサルティング」に関する紹介がなされ、変化し続ける要求にどう対応するかが重要ではないか、との見解が述べられた。
 植物工場を経営するMIRAI株式会社取締役社長兼営業本部長の野澤永光氏からは、組織や事業内容の変遷、植物工場の課題が紹介された。安定した農作物の栽培には品質の良い種が重要であり、育種は植物工場にとっても重要とのことであった。
 各コメンテーターに対する質疑応答では、品種改良や権利保護、株式会社としての農業経営や人材、多数の借地の管理運営、植物工場における栽培の均質化、食味に関する課題及び将来展望といった幅広いテーマが取り上げられた。
 引き続き行われた討議では、農業生産にはニーズや消費者の嗜好という観点が重要である一方、消費者は気まぐれでニーズが変わりやすく、農業現場から離れすぎているので、生産者のニーズを重視した育種を行うべきではないか、消費者と生産者がもっと話し合いの機会を持つべきではないか、といった議論がなされた。新品種の開発に関しても活発な議論が行われ、社会受容も考えた上の品種開発が必要ではないかといった意見や、生産者は付加価値のある品種よりも、多収かつ均質な農産物を生産できる種子が安定供給されることを求めているといった意見も出された。

第三部 パネルディスカッション「みらいの食を支える科学技術とどのように付き合うか」

 第一部講師の門脇博士、三宅氏、阿南氏に加え、食生活ジャーナリストの会代表幹事 小島正美氏、第二部コメンテーターの小池氏をパネリストに迎え、公社日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会専門委員の蒲生恵美氏、千葉大学環境健康フィールド科学センターの笠井美恵子特任教授を司会として標題の意見交換が行われた。
 冒頭、第二部のファシリテーターらにより各セッションの報告がなされた後、パネリストによる自己紹介があった。小島氏からは、「ゲノム編集技術の論点」と題して、ジャーナリストとしての新しい視点が提供された。未成年者に実際の健康被害が起きていながら大きな反対運動は起きていないスマートフォンを事例として、メリットの享受者が新しい科学技術の普及推進力となること、価値観の対立の解消手段としてのリスクコミュニケーションの妥当性、あるいは解消の必要性など、社会的な受容の条件について再考を促す問題提起がなされた。
 続いて、小池氏より、自身の経歴や事業内容について説明があった。その中で、ブロックチェーンを含む様々なIT技術の応用に取り組んでいること、生産のストーリーを消費者に伝えるFarm to tableという考え方で情報提供のあり方を考えていることが紹介された。
 ここで、双方向性システムを通じて会場へいくつか質問が行われた。「新しい科学技術」への印象では、68%が「社会の課題を解決するために必要なものだ」と回答した一方で、「“食品分野の”新しい科学技術」への印象ではその割合が49%にまで下がり、「社会の課題を解決するかもしれないが、問題を引き起こすものだ」とする割合が44%と上昇しており、食品分野になると問題意識が高まることが浮き彫りになった。
 討議では、消費者、生産者、事業者間では情報格差があるため、生産者や事業者からの積極的な情報発信が重要であるという意見や、メディアや生産者であっても科学的に正しい安全性情報を伝えていないことも多いため、まずは情報発信者となる特定の人に理解してもらうことが重要という指摘もあった。多くのパネリストが同調したのは、研究者、生産者、事業者らが、それぞれが持っている事実やエビデンスを開示して、共に考えていくという姿勢を示すことの重要性であった。新しい科学技術といかに共存していくのかを考えるために、多くのコホート研究が示す安全性に関するエビデンスや、生産者メリット、日本としての国際競争力の維持、SDGsなどの国際課題解決への貢献といったゲノム編集技術に関わる情報を当事者が出し合い、そうした「思い」をつなぐためにこのような場を持ち続けていく重要性が確認され、討議は終了した。
 双方向システムを通じて集まった質問やコメントとしては、得票率の高いものから「GMの安全性を示す論文が出ても受容は広がっていない。ゲノム編集の安全性の何を示せば受容は広がるのか、消費者団体の意見を聞きたい」「(危険だとする)科学的根拠が無いのに国内で拒否反応が出た理由は何か」「イオンではどう取り扱うのか」「モノが先行すれば、技術自体を皆に理解してもらう必要はないのでは」などがあった。なお、イオンでの取り扱いについてはセッション中で言及があり、「まだ製品流通の見込みが無いので議論する段階ではないが、責任持って判断の理由を説明できるかが重要」との回答があった。